>>1464
>>1468
>カリフォルニアで警官にカメラを装着させた実験を行ったところ
>警官の行動が記録されている間は暴力行為が急激に低下した
>{OR=2.121;95%CI = (0.907)-(4.960)}約二倍・・・(試験群489、対照群499のG検定)
これは凄い・・・
「その実力行使が正当であったか否か」(どこまでは必要でどこからが不必要か)を法的根拠を元にスコア化してデータを練り直す必要はあるだろうし
そうする事で結果はおそらくやや変わってくる可能性があるのと
実力行使に出ないと警官側が殉職する恐れの高い社会的背景を鑑みる必要はあるので
鵜呑みにするのは難しいけれど
カメラを装着するデメリットが無いなら、つけてもいいだろうに、と思うに十分なデータと思ってしまう。
一概にこの結果を日本に当てはめられるかは別だけど、これは「日本の取り調べ可視化」の問題にも通じると思う。
密室下で圧倒的な権力を持った人は横暴になる傾向がある、的な。
>>1465
>社会に放した時に危険な者
かどうかの判断は非常に難しい。し、完璧にできるとは思えない。
だからこそ慎重になるべきだし、その前提として「凶悪犯罪を犯した」という事実は絶対に消えないのだから
日本の死刑廃止論者が
>「更生の可能性」なんて不確かな物に頼る
その根拠に、性善説を考えている節がある?のもなおさら同調できない理由の一つになっていると思う。
議論の前提、出発点が違うのだから、従来の方法を壊そうと思うのなら観念論や同情心に訴える部分を排除して別のやり方をすべき。
もうひとつ思うのは
「更生の可能性」と「再犯の可能性」を同列で語る事は出来ないという事。
もしも仮釈放や少年法で社会に出くる場合、例として勿論
「更生の可能性」は100のうち100でないといけないし
「再犯の可能性」は100のうち0でないといけない。
しかしこのそれぞれの100は決してイコールで結ぶ事ができない。同じレベルの話では無い筈。
「更生の可能性」は現時点での単なる未来予想であり、「再犯の可能性」はこれを出発点として初めて成り立つ争点の一つなだけであって、未来を保証できるかどうかは別。
だから「更生の可能性があるのだから→再犯の可能性はない」という論調に、いつまでも不安を拭えないわけだし
>「再犯の可能性」というリスクを排除することの方が大事
というはその通りで、こちらに重きを置かない限り、少年法改正/撤廃の議論は消える事がない。